黒木工吉のフィギュアスケート解説ブログ

フリーライター黒木工吉のフィギュアスケートに関するブログです。最新の技術解説、選手の情報からフィギュアスケートというスポーツ全体まで様々な角度から論じてみます。

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浅田真央の革新⑬ 2009-2010FP『ラフマニノフ前奏曲Op3-2 鐘』







【前回のつづき】

よくキム・ヨナ選手との比較で、浅田真央の演技には表現のメリハリがないという意見が聞かれることがあるが、それは選手の個性の範囲であり、どちらかが優れていてどちらかが劣っているというわけではない。例えばある音楽において「この曲にはメリハリがないね」という声があったとして、むろんそれが音楽そのものの評価に繋がる訳ではない。つまりあくまでだいじなのは、音楽との調和、そして表現である。

キム・ヨナという選手は、音感やリズムにおいても優れている選手だが、しかしそこに限って言えば浅田真央の圧倒的な運動能力の前では、見劣りする。しかしそこを、ポージングのメリハリや表情の巧みさなどで上手くカヴァーしている。静と動の演じ分けがとてもうまいのである。

元々、フィギュアスケートというものには、そういう側面がある。4分間動き続けるのは大変なことだ。SPにおいては、比較的短い時間のなかでのことなので、ある程度は濃密なプログラムを動き続けることができる。しかしフリーの4分間を動き続けられる選手というのはいない。言い方は悪いが、どこかで「お休み」をしなくてはいけない。

よくストレートラインステップの直前に、壁際で「これからステップですよ」というようなアクションを選手が見せることがあるが、まぁあれがそうだ。壁際でスケートを止め、腕や顔の表情だけでこれからのステップの迫力を物語る。

しかし浅田真央は、そういった「お休み」を一切とらない。限りなく動き続けて音楽を表現している。そういう意味で、突出した、唯一無二の存在なのである。他にこんな選手はいないし、過去にもいない。彼女の体力がすでにずば抜けているのである。音楽と言うのは、わたしたちと同じ時間のなかで止まらない、ものだ。だから、音楽を表現するときに、ポージングや表情というのはあくまで2次的な要素なのである。あくまで動き続けることが、ひとつの価値なのだ。それも闇雲に動いているわけではない。ジャンプやステップ、スピン、フットワーク、高度な技を繰り出しながら、音楽世界を表現しているのである。つまり、音楽と自分の肉体とで、時間を共有している。氷上で舞うことを前提としているフィギュアスケートでは、止まった状態の表現よりも動いている状態の表現のほうが、より音楽世界を表現するには高度で有用であるというのは、言うまでもないだろう。あくまでフィギュアスケートの表現の優れた点は、スケーティングである。滑ることで陸上とは違う速度や表現をすることができるのが、その醍醐味なのだから。
(つづく)

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