黒木工吉のフィギュアスケート解説ブログ

フリーライター黒木工吉のフィギュアスケートに関するブログです。最新の技術解説、選手の情報からフィギュアスケートというスポーツ全体まで様々な角度から論じてみます。

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一筋縄ではいかない4回転論争②







【前回のつづき】

そもそも今回4回転なしに金メダルに輝いたエヴァン・ライサチェクという選手も、元々は非常に優れた4回転ジャンパーであった。

2006-2007シーズンでは、彼自身競技会で初となる4回転ー3回転を決め、悲願の全米チャンピオンに輝いている。それまでの彼は世界選手権でメダルを獲得しながら、全米タイトルになかなか縁のない選手であった。

このシーズンがひとつのポイントであったと、わたしは考える。このとき彼はシーズンを通して、4回転を跳んでいたし、そのジャンプは好調を維持していた。そしてその年の世界選手権、彼は大きな勝負に出た。当時としてもごく少数の選手しかやっていない、SPから4回転を跳ぶという作戦に出たのである。

SPで4回転を跳ぶ事情は、フリーとまた違って、更に厳しい。
男子SPのジャンプの要素は、

① 2回転+3回転、3回転3回転、4回転+2回転もしくは3回転、いずれかのコンビネーション
② トリプルorダブルアクセル
③ ステップからのあらゆる3回転もしくは4回転ジャンプ

と規定されている。
4回転を入れるなら、①か③のところに当てはめる必要がある。しかし③のステップからの4回転の難易度は非常に高く、現状すべての4回転ジャンパーは①のコンビネーションの第一ジャンプに4回転を跳んでいる。

その場合、4回転3回転を跳べるなら問題なく高得点なのだが、4回転2回転の場合の基礎点は3回転3回転の基礎点と、そう変わらないのである。

以上のことにより、SPで4回転を跳ぶ場合、その次に3回転をつけられる技術がなければ、武器として意味を為さない可能性が高い。この点数規定の疑問点がまずある。4回転3回転のコンビネーションは、言わずもがな4回転単独の技術に比べられないほど難易度が高いのは想像に難くないだろう。だからSPから4回転を跳ぶ選手は、非常に少ないのである。

そして、そのシーズンのライサチェクは、その技術があった。しかし結果はどうだっただろうか?残念ながら4回転の着氷でミスがあり、FSでもそれまでの好調が消えてしまったかのようにいくつかのミスを犯した。このときライサチェクは総合5位。彼は2年連続で世界選手権銅メダルに輝いていたのだが、3年連続のメダルは叶わなかった。

皮肉な話である。このシーズン、彼は金メダルを目指して必死に練習し、今までにない好調を誇っていたように、私の眼には映った。しかし、その好調が仇になったとは、言えないだろうか?あのときライサチェクがSPで4回転を跳んでいなかったらー?スポーツの世界、そんなたらればを言ってしまえばきりがない。しかしあの時の世界選手権は、上位4人までが4回転を決めた、今よりもジャンプレベルの高い試合だったと、記憶している。おそらくライサチェクは、あのときSPから4回転を入れた自身の決断について、その後悩み続けたことだろう。

そして翌2007-2008シーズンの冒頭の試合では、ライサチェクはFSでしっかり4回転に挑み、成功させていた。そして2年連続全米選手権を再び制した。しかし満を持して挑もうとしていた世界選手権を、怪我で欠場してしまった。

ライサチェクの4回転の確率が落ちたのは、怪我のせいかもしれないという説もある。復帰した翌2008-2009は、ジャンプで回転不足の判定を下されることがたびたびあった。ジャンプの回転不足が厳格化されてきたのが、ちょうどこのころであった。このとき、傍目ではライサチェクは不調に陥っていた。グランプリファイナルの出場を逃し、連覇中であった全米選手権では3位に沈んだ。

しかし、彼はその2ヶ月後の世界選手権を制した。
4回転を捨て、それ以下のエレメンツを完璧にこなした結果であった。

彼が4回転を捨てる決断をしたのは、前年の世界選手権で4回転を跳ばなかったカナダのジェフリー・バトルが優勝したことが、大きかっただろう。バトルはスケーティングと音楽表現に定評のある優れた選手だったが、4回転ジャンプがなかなか決まらなかった。この時、男子フィギュアは久しぶりに4回転を跳ばない選手をチャンピオンとして迎えることになった。

あのとき、4回転がなくても勝てたのは、音楽表現に優れスケーティングスキルに卓越したバトルだったからだ、と思われただろう。しかし現実には、音楽表現もスケーティングスキルもそこまで卓越した評価でないライサチェクが、4回転なしで勝ってしまった。このとき、世界は金メダルに輝くためには4回転は必ずしも必要としないという認識を、共有のものとした。

その認識にNO!と声高に叫んだのが、ロシアのエフゲニー・プルシェンコであった。しかし結果は銀メダル。彼は自らの演技で、「4回転を跳ばないのは自由だけど、それじゃ勝てないよ」ということを、示したかったのだろう。しかし結果的に、それは果たせなかった。彼とて満身創痍であったことは想像に難くない。それが、「今のフィギュア界が何を求めているのか、この結果で明白になった。もはや4回転ジャンプに価値はない」という発言に繋がった。こういう発言も、彼とて本意ではなかっただろう。しかし、彼はもうそうするしかなかったし、この発言にかなりの確信を持っていたのは明らかだ。

4回転というのは、ひとつの大技であるとともに、音楽表現における重要な要素であるとも言える。
フィギュアスケートが何であるかというのは定義づけの難しいものであるが、ひとつの考え方として、「スケーテイング、スピン、ステップ、ジャンプ、フットワーク、上半身とスケーティングとの調和、そのあらゆる技術を駆使して音楽を表現する競技」といえると、わたしは考える。

そうなったときに、4回転があるということは、それだけ音楽表現に幅が出るということだ。4回転と3回転では、やはり誰が見ても迫力が違う。この違いは、音楽を表現するのに、ひとつの大きなアドバテージだ。

この点を考慮すると、音楽表現としての4回転という意味ではスイスのステファン・ランビエールが素晴らしい。彼はトリプル・アクセルを持たない弱み故でもあるが、演技後半でも4回転を入れることができる。このことにより、彼の音楽表現はまたひとつ豊かになる。

しかしプルシェンコはというと、FS本番の状態では、そこまでの境地には達せていなかったかな、というのが正直な感想だ。音楽表現として4回転の必要性というものを、演技でアピールするにはすこし弱かった。ここはわたしが彼の衰えを図らずも感じてしまった点だ。

全盛期の彼は、本当にすばらしかった。芸術点で6.0のフルマークは、彼にとって珍しいことではなかった。それだけ彼のジャンプ技術というものが彼の感性とうまく溶け合い、演技全体に調和し、音楽表現者として卓越した才能を発揮していたのだ。

しかし、それが彼の衰えのせいだとは一概には言いきれない点もある。考えればわたしたちはプルシェンコという人間のカリスマ性を信じ過ぎていたかもしれない。過酷な練習を続けながら、怪我はより深刻さを増していたことだろう。

4回転論争の大きな問題は、新採点になってからジャンプ以外のスピン、ステップ、すべての技術をまんべんなく高いレヴェルに押し上げる必要が出てきたために、得意分野以外の練習により時間を割く必要があるということだ。

つまり、4回転の練習をしながらスピンステップの練習を積むのと、4回転の練習なしでスピンステップなどの練習を積むのでは、その費やす労力や時間に、大きな差が出るということである。おまけに、一番深刻なのは怪我の問題だ。新採点になってから、怪我で戦線離脱したり、引退を余儀なくされるケースが、すこし目につき過ぎる気がしている。

高橋大輔も怪我する前年のシーズン、4大陸選手権で2度の4回転を成功させ、見事現在まで破られていない世界最高得点を成し遂げた。もちろん、彼はその怪我から見事復帰し、スケーターとしての魅力をより深めてわたしたちの前に銅メダルをもたらしてくれた。しかし、やはり4回転のジャンプ技術は戻らなかった。

つまり、エヴァン・ライサチェクは怪我がきっかけで4回転をあきらめた可能性があり、怪我とつきあいながら4回転を
跳んでいた選手は、今回のオリンピックで、勝てなかった。4回転は、諸刃の剣であるどころか、これではまったく茨の道である。

これは深刻な問題ではないだろうか?
そして前回の記事で示した通り、現在4回転ジャンプのそのリスクに見あった報奨は与えられていない。

4回転にまつわる選手の作戦は、今回いくつかに分けられた。
① 4回転を準備し、4回転を跳び、成功させた選手→プルシェンコ、ランビエール、小塚崇彦など
② 4回転を準備し、4回転を跳び、失敗した選手→高橋大輔、ジュベール、ベルネルなど
③ 4回転を準備し、しかし本番で4回転を回避した選手→織田信成など
④ 4回転を準備しなかったと予想される選手→ライサチェク、チャン、ウィアーなど

そして、今回特にフリーで躍進を果たした選手は、④に集中している。
このことが示す通り、プルシェンコの「もはや4回転ジャンプに価値はない」という発言は、総合的、客観的に判断して、ものすごく正しい。

繰り返すがこれはルールの問題であって、選手個人の問題ではない。
ライサチェクもバトルも世界チャンピオンに相応しい、素晴らしいスケーターである。
その評価はプルシェンコと比較しても、もちろん変わらない。

わたしの4回転論争における考え方は以上のとおりである。
やはり、4回転の得点を挙げるか、ダウングレードの規定を改正することが、望ましいとわたしは結論する。

【了】

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コメント

はじめまして。
とても面白く読ませていただきました。

前の記事を含めて、ほぼ全面的に納得できました。

やはり、4回転を回転不足と判定されたら3回転の失敗ジャンプとみなされるのは、あまりにも酷すぎると思います。


この後の女子にも同じような問題がありますね。
明らかに不利だと思っています。

  • 2010/02/20(土) 21:28:30 |
  • URL |
  • まんぷく #-
  • [ 編集 ]

>まんぷくさん
コメントありがとうございます!
やはりダウングレードのルールは問題アリですよね。こうやって問題提起していくべきだと考えたので、記事を書きました。女子もトリプルアクセルや3-3で難しい点ありますが、ぜひ日本選手に突破してほしいものですね!

  • 2010/02/21(日) 00:24:05 |
  • URL |
  • 黒木工吉 #NEB76mhQ
  • [ 編集 ]

ごめん、右側のレイアウトずれ、忘れてた…
IDとPass教えてくれたら挙動も含めて見てみます

  • 2010/02/21(日) 10:11:19 |
  • URL |
  • 楊李娃 #-
  • [ 編集 ]

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