黒木工吉のフィギュアスケート解説ブログ

フリーライター黒木工吉のフィギュアスケートに関するブログです。最新の技術解説、選手の情報からフィギュアスケートというスポーツ全体まで様々な角度から論じてみます。

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浅田真央の革新⑨ 2009-2010FP『ラフマニノフ前奏曲Op3-2 鐘』







音楽が、表現する対象でもあり、音楽が、演技の盛り上げを助けているのである。つまり、音楽は選手の動きで表現される対象でありながら、音楽が選手の動きを助ける部分もあるということ。すこし難解な話になるかもしれないが、わたしは敢えてここを主張したい。音楽が先か?演技が先か?はたまた、それは同時に発生するものなのか?

例えば、選手が『ラフマニノフピアノ協奏曲第二番』を使用する場合。

フィギュアスケートにおける、定番中の定番。そしてわたしが愛する近代屈指の名曲でもある。わたしはこの曲を使用した演技で、涙するほどの感動を得たことが、何度かある。個人的には村主章枝選手の2005-2006年の第一第二楽章を用いたFP。もう、何百回と見ただろう。そして、何度涙しただろう。それぐらい、大好きなプログラムだ。

フィギュアスケートを観ることが習慣になっているひとなら、容易にある程度「あの部分でジャンプを跳んで、あの部分でスパイラルを見せて、あの部分でステップを踏むのだろうな」と予測が立つし、そしてそれはおそらくそれほど外れないだろう。そして、ステップは演技の最後にもってくるだろう。そして、観客は拍手でそれを盛りたてる。

しかし、そこでわたしはすこし引っかかる。ある程度予想がついてしまうプログラム。しかし、演じる選手の人間性は、いわずもがな多様であり、まったく違うひとりの人間である。しかし、プログラムの印象は全く違ったとしても、新採点において構成は似通ってしまう部分がでてくる。そこに、わたしは微かな疑問を感じてしまうのだ。

「それがフィギュアスケートだ」といってしまえばそうだろう。もちろん、どんな芸術にしろ、エンターテインメントにしろ、スポーツにしろ、それそのものルールや、暗黙の了解の範囲内である定番などは、あるだろう。しかし、「ああまたこの部分でストレートラインステップだな」と思ってしまう心は、どうだろう?わたしはすこし不自由ではないだろうか?とどうしても考えてしまう。

しかし、すばらしい作品というのはそういったわたしのちっぽけな疑問やわだかまりなどを、ときどきあっさりと超越してしまう。わたしにとってそれこそが、浅田真央選手の『鐘』を初めて目にした時の衝撃だった。

(つづく)

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